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『ルソン島 敗残実記』を読む - フィリピンニュース, 現地生活 最新情報発信
   
  『ルソン島 敗残実記』を読む
 

筆者『矢野正美』は大正9年に愛媛県で生まれ、昭和16年に工兵連隊に召集されて中国大陸に送られ、その後大陸からフィリピンに上陸しルソン島中部の山岳地帯に入って敗走を続けながら敗戦を迎えた。


 筆者の最終階級は陸軍上等兵で、通常二等兵で入営して1年経つとほとんどは上等兵になるが、筆者は5年の軍隊生活を送っていながら、上等兵止まりとは何か問題があったのかも知れない。



 その問題は、本書を読み進める内に随所に軍隊批判が出ていて、この辺りが軍隊という組織に好まれなかったのかも知れなし、実際、上官から下士官への道を何度も勧められているが強く固辞し、こういう態度が進級しなかった理由になったのではと思える。

 このように下士官の道に進まず、下級兵士のまま軍隊生活を長く送る者は『古兵』と呼ばれて別格扱いで、新任の上官などより軍隊内では幅を利かし、これを軍隊では『星の数よりめんこの数』と例え、めんことは食べた飯のことを言う。

 昭和17年になって、筆者が配属されていた満州の虎林県駐屯の工兵第11連隊から戦車第2師団工兵隊に転属し、その地より朝鮮半島を列車で南下し釜山港から日本に一時帰国。

 この工兵連隊は戦車師団にあり、筆者は工兵とながら給与係と言って軍隊内で糧秣の確保、炊事を主任務にし、この炊事係というのは『食べる』ことが最重要な軍隊内では幅の効く部署で、多くは古兵がその任務に就いていた。

 束の間の日本帰国の後、フィリピン戦線に送られるが、日本は日本近海からフィリピンにかけての制海権は当に失っていてこの海域を航行する日本の船舶はアメリカ潜水艦攻撃の餌食になっていた。

 兵員輸送には民間の船を使い、駆逐艦など少しの艦艇が護衛する形で実施されるが、台湾とフィリピンにある『バシー海峡』は魔の海峡と呼ばれ多くの輸送船が沈み、船上の日本人将兵が海没していて、その数10万人に上っている。

 先年、空路セブからマニラ経由でバシー海峡に浮かぶバタネス諸島に旅行をしたが、機内から眼下に見える海原に多くの将兵が無念に飲み込まれことを思うと複雑な気持ちを持った。

 戦わずして海没した将兵は勿論、先の大戦中に動員されて輸送に従事した日本の民間船の海没数は15000隻、運航していた船員は6万人が亡くなり、この船員は忘れられた戦死者ともいわれ、軍隊だけが戦争をしていたのではないことを現している。

 この年明けには台湾一周旅行をし、台湾最南部にバシー海峡の戦没者を慰霊する日本の寺があると後で知ったが、そこで開かれる慰霊祭は海没軍人の遺族が多く民間人海没者はなかなか浮上出来ていない。

 さて、フィリピンに向かった筆者の船は夜間の航行を続けながら、同時に出航した僚船が日本近海で魚雷攻撃を受けて沈没するなどあったが、昼間は島陰に避難し、夜に航行を続けてようやく台湾に近づいた。

 ところが、その海域で筆者の乗った船が魚雷攻撃を受けて沈没、筆者は海に投げ出され漂流するが、沈没個所が台湾北の要港基隆港近くであったので助かる。

 台湾旅行の最後に泊まったのはその基隆であり、港には戦前からある税関の建物が残っていて、筆者は九死に一生で上陸しこの建物を見ているなと思うと時間の流れは意外に近い。

 そうして命からがらフィリピンに上陸したのがルソン島西北海岸にあるラウアグで、ここは北イロコス州の州都でもあり、後年独裁政権を布くマルコスの地元である。

 その後、船を乗り換えて南下し上陸したのがサン・フェルナンドで、ここはは中国大陸から動員された日本の将兵が集中的に上陸した場所で、以前にも書いたがルソン島で戦死した叔父がフィリピンに上陸した場所でもある。



筆者の上陸した日は1944920日で、叔父は記録では同年の1229日であるため筆者より3ヶ月以上後になり、同じ第14方面軍麾下にはなるが、両者間の交わりはなかったと思われる。

 

 この時期のフィリピン戦線の様子だが、19441020日にレイテ島に連合軍は上陸したが、満州に飛ばされていた山下奉文がフィリピンに着任したのが922日と既に防衛線を敷くには遅すぎた。

 

 連合軍はレイテ島を撃破し、194519日、ルソン島中部西海岸の『リンガエン』に上陸し、防衛する日本軍を物ともせずマニラとルソン島北部に進軍する。

 

 連合軍上陸後の日本軍は『持久戦』などと体裁の良い言葉でルソン島中部の山岳部に敗走を続け、筆者も同様に山に入るがその時の様子が生々しく記述されていて『皇軍』と誇示した日本帝国陸軍の実情を赤裸々に描いている。

 

 筆者は20代前半での従軍のために、フィリピンでの女性との交流をほのぼのと書いている部分も多いが、敗走を続けている内に現地女性を強姦する場面も告白していて、これは他の日本兵も同じでフィリピンに限らず中国大陸、朝鮮半島以下アジア各国の日本軍の侵略地域では、日本軍の体質から普通に在ったことではないか。

 

 これが『従軍慰安婦』の問題に繋がって来るのだが、書き出すと長くなるので止めるが、今まで多くの上級下級を問わず従軍者の戦記物を読んでいるが、多くの戦記物は筆者の都合の良い回顧談に終始し、ここまで告白しているのは珍しい。

 

 特に、敗走中に戦死者の肉を食べたことを具体的に書いていて、飢餓との戦いであった日本軍兵士の『人肉食』については噂話程度の記述はあっても、はっきり書いていることは苦渋ではあったであろうが、墓場まで戦争体験を持って行ってしまった者よりは数段救われる。

 

 飢餓との戦いと書いたが、日本軍は兵站を軽視していて食料確保など全くおざなりで、作戦計画では現地調達などと綺麗ごとを言っているが、その実態は現地住民から食料を奪うことしか頭になく、この本でも戦う兵隊ではなく食料探しに血眼になっている様子が多く描かれている。

 

 また、軍としての統率が取れなくなると兵隊間で食料を巡っての盗み、争い果ては相手を殺して食べるなどと友軍間での出来事を克明に描いていて、正に日本の軍隊は『餓鬼道』に陥っていることが分かる。

 

 筆者は敗走中の戦闘で背中に重傷を負いながら生還した人物で、その負傷、飢餓の真っただ中、山中を原隊を求めて歩く姿は良くぞ助かったと思うが、やはり日本に生きて帰る精神力が生死を分けたのではないかと思われる。

 

 こうして、筆者は815日の敗戦日を知らず、敗戦を知ったのは819日、武装解除で山から下りたのは911日、その後首都圏の捕虜収容所に送られて、1210日に日本帰還への途に就いた。

 

 先の戦争に従軍した人は既に90歳代半ばに達していて、その体験がボロボロと消失している現在、このように文章で後世に伝えることは非常に大事なことで、筆者は戦後40年ほど経って本書を出版した。

 

 この本の優れている点は、筆者が克明に記していたメモが基になっていることで、しかも日付順に書かれていて単純に記憶だけを頼りに記したのとは一線を画していて、正に書名通りの『敗残実記』となっている。

 

 この克明なメモに関して思うのは、安倍自民党が自己に都合の悪い文書の改竄、隠蔽、廃棄と当たり前になってしまった今、これは歴史を消すことを公権力が推進していることと同じで、歴史を軽んじる行為であり必ず後世から指弾を受けるであろう。

 

 また日本は戦争の記憶が薄れると共に軍隊を賛美する風潮が起こり、国のために戦争で戦い死ぬことは勇ましく名誉であるなどという時代に入った今、このような軍隊の実相を書いた書は多くの人が読む必要があるのではないか。

 

 筆者は戦後会社を興し成功し、自宅に『不戦之碑』像を建立し、201292歳で生涯を閉じた。

 

  Homepage: http://cebushima-blg.jugem.jp/
Updated: 2020/02/08 (土)

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