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セブで戦後75年目に読む戦記本 - フィリピンニュース, 現地生活 最新情報発信
   
  セブで戦後75年目に読む戦記本
 

 広島、長崎の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に出た安倍の挨拶文が、どちらも類似の内容でしかも過去の文言をなぞっただけと被爆関係者から批判されているが、安倍の頭の中身などコロナ対策でも分かるようにその程度のお粗末な人物。



 むしろ、こんな無策の人物を長期間、日本の最高権力者として座らせていることに、日本人の馬鹿さ加減が分かるし、トランプに投票したアメリカ国民と変わらず、それでも4
分の1
程度の鉄板というか狂気の支持者を固めれば政権維持、当選するような選挙制度も何だかおかしい。

 

 お盆休みの帰省がどうのこうのと日本中が騒いでいる中、敗戦の8月は戦記物を読みたくなり昨年11月に日本で買った『特攻基地の墓碑銘 赤松海軍予備学生日記を読んだ。

 書名からフィリピンを嚆矢とする特攻作戦について、海軍特別攻撃隊の関係者が書いた本かと思ったら、特攻とは直接関係のない本で、筆者『赤松信乗』は京都大学法学部在学中に学徒出陣し第14期海軍予備学生になり、教程終了後に海軍予備少尉に任官。

 予備学生制度は1934(昭和9)年に発足し、当時の大学、高専の高学歴者なら複雑な知識の必要な飛行機搭乗員に向いていると、その多くは操縦訓練を受け、特に14期生は特攻作戦で一番戦死者の多い期であった。

 中でもセブにあった海軍飛行隊基地から1944年(昭和19)年10月21日に発進し、未帰還となった『久納好孚』中尉は14期生で、大本営が軍神として華々しく喧伝した10月25日の『関大尉』攻撃より時間的に早く神風特攻隊作戦最初の戦死者と見て良い。

 筆者の赤松元少尉は1944(昭和19)年12月6日に、九州の基地から台湾経由で、フィリピン中部のクラーク中飛行場に降り立ち、近くにある海軍マルコット基地に着任した。

 その頃に赴任していれば、同基地などから飛び立つ特攻機を目撃しているはずだが、その記述は見当たらず、クラーク飛行場と一括して書いているが、この地には北から南の平地に大小13の飛行場があり、特攻隊発祥の地とされる『マバラカット基地』もその一つである。

 筆者は『要務士』として任官していて、要務士というのは航空作戦遂行のために企画、管理、記録、報告などを行い、これは平たくいえば航空隊の総務係で、従来は飛行機を操縦する若手士官が担っていたが、空地分離で予備学生が養成された。

 1ヶ月後の1945(昭和20)年1月6日に連合軍はルソン島リンガエン沖に姿を現し、9日から上陸作戦を開始しているが、筆者着任時から特攻機の動きなどの記述はないと書いたが、もうその頃は満足に飛び立てる稼働機は少なかった。

 それでもクラーク基地からは連合軍に対して全機出撃(と書くと威勢は良いがようやく飛ぶような代物)と戦史上には勇ましく書かれているが、これで完全に消耗し航空部隊としての役割は終わっている。

 1月6日夜に、最高指揮官の『大西瀧治郎』中将はクラークの航空隊指揮官を呼んで、クラーク西方にある『ピナツボ山』に籠って地上戦を行うと指示を出し、筆者の所属する部隊も山に籠る準備を急いでいる。

 大西は『神風特攻隊』を指揮した人物として知られ、日本が降伏した翌日、8月16日に東京渋谷の官舎で割腹自殺をし、そのため、大西を特攻作戦に殉じた悲劇の人物として持ち上げる向きは今も昔も多い。

 ところがその大西、海軍航空部隊に山に入って戦えといった4日後の10日にクラーク基地を後にして台湾へ幕僚と共に退却していて、これは中央からの命令によるもので抗えないというが、大西自身の気持ちで拒否出来たとの部下の証言もある。

 筆者の弟が解説を書いていて、馬鹿に文章の上手い人だなと思ったら、この弟は青春物、ミステリー物、官能物など広い範囲で本を書いている作家で、その解説の中にクラークから台湾に退却しようとした大西一行について面白いことを書いている。

 大西が基地司令に飛行機を出すように命令したところ拒否され、その司令を大西は殴ったという記述があり、結局、飛行機はクラークからは飛ばず、一行はマニラに行ってそこから飛行機を仕立てて台湾に退却するが、その時の基地に取り残された一同の心情の分かる出来事で、これは戦史にも書かれている。

 もっとも、戦史ではクラークから一式陸攻で一行は飛んだとあり、本書ではマニラからダグラス機で飛んだと記述されていて食い違いはあるが、散々特攻作戦で若者を死なせた大西以下の指揮官は台湾に逃げて戦後まで命を長らえた事実は変わらない。

 さて、本書に戻るが、この本は戦場で毎日書いた筆者の日記風になっているが、書いていた日記の原本は降伏して捕虜収容所に入れられた時に没収されていて、収容所内で記憶を頼りに再現、記述している。

 そのため記憶違いによる事実の誤謬や記憶違いはあり、戦記物は本人に都合の良いことしか書かないことが多い中、日本軍の末期における惨憺たる実態を正直に書いていることは認められる。

 クラークを捨てて山に入った総人数は陸海軍で2万人ずつの4万人となっているが、海軍など筆者を含めて地上戦などの経験は全くない飛行機整備員などの寄せ集めで、しかも銃も行き渡らない貧弱な装備で山に籠って戦闘を行う。

 

 戦闘に入ったと書くと勇ましく、その実態は一方的な負けでピナツボ山の奥へ奥へと追い詰められていくが、海軍は立て籠もる地域を13戦区から17戦区地域に区切り、筆者は第17戦区部隊に所属するが、編成時に3000人を数えた兵員で生き残ったのは筆者を含めて10数人、他の戦区部隊も似たり寄ったりの惨状。

 

 この惨状はフィリピン戦線に共通していて、フィリピンの日本陸海軍の総兵員53万人余中、死者43万人を数え、一方、連合軍は150万人の兵力中、3万人に満たない死者であった。

 

 この数字には日本軍と共に逃避行を続けたフィリピン在留邦人は含まれていないし、フィリピン側の兵員死者は多数ということしか分からないし、何よりもフィリピンの民間人死者が100万人以上というから死屍累々の戦場であった。

 

 さて、山に籠った日本軍は最初から用意した食料など足りなくて、現地で略奪、採取のやり放題で自活するが、どの日本軍将校、兵士による戦記物を読んでも最後は『喰う』ことの執拗な記述ばかりになり、本書も例外ではない。

 

 特に日本兵同士で殺し合って食料を奪う記述が本書にはいくつもあって、正に『餓鬼』同然で、『皇軍』などと豪語しても砂上の楼閣の様な日本軍であり、日本人及び人間の悍ましさが伝わる。

 

 本稿その(19)で敗戦直前の7月31日に、フィリピン・ルソン島バギオ北方の山中で戦闘中に胸に銃弾を受けて翌日死亡した叔父のことを書いているが、本書を読んでどうも敵との戦闘ではなく、食料争いで仲間に殺されたのではないかフト思った。

 

 筆者は日本へ帰還後、病に伏すがやがて回復して得度し、実家である徳島県の浄土真宗西本願寺派の寺を継ぐが、病に伏している時に戦友の安否を訪ねる関係者との書簡が掲載されていて、その時期が敗戦後6ヶ月から1年以内に取り交わされていて、当時の戦後直後の世相を感じるし、その心情にはじんと来るものがある。

 

 最後にこの文庫本、ブックオフで110円で買っているが、アマゾンに出品している書店の付けた同じ文庫本の値段は1990円と18倍以上の値段で評価が高いことが分かり、ブックオフに見る目がなかったというべきか。



Updated: 2020/08/13 (木)

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