東南アジア諸国連盟(アセアン)は10ヶ国で構成されているが、その加盟国の中で、フィリピンの新型コロナ感染者数は一番多い不名誉な記録を更新し続けている。

【イチョウの落葉のような光景はフィリピンにはない】
どこの国も感染者数の発生、増加中にはオタオタしていたが、ウィルスの実態が明らかになるに連れて甘く見るようになり、あれだけ警戒心を持っていたのに少々の感染者数の増加など気にしなくなったのが実情。
フィリピンの場合、8月初めの感染者数は10万人を超え、8月7日には12万人を超えてそれまで感染者数1位であったインドネシアを抜き、そのまま感染者数は増え続け9月2日現在、22万6440人となっている。
この1ヶ月間で12万人も増え、1日当たり4000人の感染者を生じているが、一向にその感染傾向は収まる気配はなく、ジリジリと死者数も増え8月半ばは2600人台であったが増え方は緩かったが、今は3600人台、半月で1000人以上も増えた。
フィリピン政府は3月半ばから全国に防疫体制を布き、特にマニラ首都圏など人口密集地域の感染者多発自治体を中心に戒厳令並みの封鎖(ロック・ダウン)をしているが、やがて半年を迎えても感染を食い止める状態には至っていない。
その封鎖の強さも段階的に色々あって、どこがどうなっているのか分からないこと多く、何となく枠組み作りだけは上手い、つまり実行の難しいことについては長けているフィリピン気質を見ている感じもするが、ここで若干の説明を加えたい。
一番厳しい規制はECQ(防疫強化地域)で、例えばマニラ首都圏、とその隣接州を例にとると3月17日~5月15日まで行われセブ市も入っていた。
ECQは外出禁止、特定の業種以外は営業停止など社会活動が全く止まる状態で、道路から車が消えてアジアでも有数の渋滞地獄はなくなり、その余波でマニラ湾の水質が良くなったとかマニラで星が見えるなどのニュースもあった。
さすがに2ヶ月間も経済活動を止めるには無理があり、感染者数は激増しているのに5月16日~5月30日まで一段規制が緩くなるMECQ(修正防疫強化地域)に指定する。
更に6月1日~8月3日までもう一段規制の緩いGCQ(一般防疫地域)に移行するが、この措置も感染が収まりつつあるからといった疫学的な判断からではなく政府のご都合によるもので、判断の根拠はほとんどない。
ところが感染は収まらず8月4日からは緩めたGCQから一段規制が強いMECQに逆戻りし、8月18日まで続くが、最初から規制を一貫させてウロウロしない方が傷口は広がらなかったのではと思うが。
次の8月19日からまたGCQに戻し、9月中の一ヶ月間はGCQが継続となった。ただし、首都圏の周りの自治体は規制が緩められているし、セブ市も一時は全国で唯一一番規制の強い自治体となったが、今はMGCQになっている。
感染状況が地方都市部に拡がっているのも明らかで、レイテ島のタクロバン市、ネグロス島バコロッド市といった各島の人口の多い中心市が規制を一段上げたGCQになり、ミンダナオ島北西部のイリガン市も前2市より厳しいMECQに指定された。
GCQの規制だが、外出禁止に関しては特別な許可を得た人以外は全面的に外出禁止で、夜間は午後8時から午前5時まで街に出られず、特に20歳未満と60歳以上は3月以来時間に関係なく外出出来ず、学生と年寄り連中はどうやって家で過ごしているのか気になる。
このため規則を破って警察に捕まる老若男女が続出しているが、半年間も家から出るなという方が無理であるし、そういうことが簡単に強制命令出来ることがフィリピンらしく『自粛』で唯々諾々と従う日本人とはかなり違う。
外出に関しては許可証を持つのは勿論、マスクとフェイスシールド着用が自治体によって義務付けられていて、商業施設などで両方を付けていないと入場が出来ず、そうまでして外に出たいとは思わないが、出なければならない人も多い。
しかし気温が朝から30度、日中は40度近くになる亜熱帯下のフィリピンでマスク、フェイスシールド着用など苦役の何物でないが、意外とフィリピン人は平気である。
日本が同じような気温の中、マスクと『熱中症』で大騒ぎしているが、フィリピン人と日本人には体質的に暑さに対しての抵抗力が違うのかと今更ながら驚くが、どこの国の人間でも暑い時は暑いという。
熱中症というのはいつからいわれ出したか知らないが、子どもの頃は『日射病』になるといわれ、炎天下に帽子なしで出ることは親から注意され、しっかり帽子を被ることを守った。
子どもの頃は庭に水を撒いて涼を得たし、扇風機を回して暑さをしのぎ、そういった時代には30度を超えれば大変な日と騒いだが、今は35度くらいは当たり前で確かに異常気象になっている。
夏の時期には日本へは行かないようにしているが、2011年に東北の津波被害を受けた外国人支援で8月半ばにセブから東京へ入ったが、あまりの暑さに一緒に行ったフィリピン人も根を上げていたことを思い出す。
この異常な暑さはコンクリートで固めた都市のヒート現象として分析されているが暑さのために冷房が普及し、その熱が放射されて暑くなってまた冷房に頼るという悪循環が繰り返されるからどうしようもない。
冷房の室外機の前を通ると熱風を噴き出して、中はのうのうと冷えた状態を維持していることを考えると冷房も人間の身勝手さを感じざるを得ないが、高齢者や病人など事情のある人には必要であるから無下に否定も出来ない。
フィリピンで感染が収まらないのは密集家屋で大人数が暮らす環境、元々手を洗うなど習慣がないことが挙げられるが、感染初期の段階では海外で働いていたフィリピン人労働者(OFW)が持ち込み、拡げたという面が強い。
それを裏付けるデータが最近フィリピン保健省から発表されたが、それによるとコロナ禍で契約終了や解雇などで失職し帰国したOFWは26万人余となり、その内新型コロナ・ウィルス感染者は5742人、死者は5人となっている。
就労先で感染したのか帰国後に感染したのかは分からないが帰国した人数に比べて感染者数の割合が高いことは明らかに分かり、初期の段階は帰国OFWの入国は緩かったから感染拡大に関係は深いと思って良い。
フィリピンの消費経済はOFWの得る収入からの送金に頼っていて、このOFWが止まってしまうと今でもGDPが大幅なマイナス数字を示している中、更にGDP数値を悪くする要因の一つとなり、先行きの不安感が増している。

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