11月10日、台風が相次いで襲来して洪水、浸水騒ぎの起きている最中、ルソン島中部にあるパンガシナン州(人口300万人超)で、週刊誌のコラム執筆や地元ラジオ局でコメンテーターを務める62歳の男性が何者かによって射殺された。

【合法と非合法で銃を作っているセブ島東岸の町の様子】
同人は自宅を出た午前6時半過ぎに、バイクに乗った2人組から銃撃を受け頭部や身体に命中し、その手慣れた方法から殺害の依頼を受けた『殺し屋』による犯行と見られている。
こういった殺し屋による殺害事件で思い出すのは、セブで雑貨家具会社を経営していた日本人夫婦の事件で、これは夫がフィリピン人殺し屋に妻の殺害を依頼し、珍しく容疑者が捕まって夫は日本で逮捕され、先頃日本の最高裁で懲役刑が確定した。
殺し屋による犯行などフィリピンでは日常茶飯事で、依頼する額も漫画の『ゴルゴ13』の世界とは違って、1万ペソ(2万円強)も出せば金に困って引き受ける人間はいくらでも居るから怖い国といえば怖い国である。
この様に銃撃による殺害が多いのも、フィリピン人の『銃』に対する信奉があり、この国はアメリカと同じ様に許可を受ければ銃砲所持は可能だが、面倒な手続きを避けて違法に所持する人も多くその実態は分からないのが実情である。
写真はセブ島東岸にある町の何でもない風景だが、ここは『密造銃』の町として知られ、といって警察などの取り締まりが行われているということもない不思議な町で、かつては日本のヤクザが頻繁に姿を現したといわれるが、引き金を引いたら後ろから弾が出たなどという笑えない話もあった。
さてパンガシナン州の同人への襲撃は初めてではなく、2016年に同じように2人組のバイクから襲撃され負傷しているが、この事件の捜査に当たった地元警察の解明は全く進まず、今回の殺害事件も警察による解明は難しいと見られている。
この射殺事件を受けて、ドゥテルテ政権が発足してから同政権、あるいは地元政治を牛耳る政治屋を批判するジャーナリストの殺害は19人となり、反対する者は問答無用に抹殺する風土が蔓延、変わっていないことが分かる。
ドゥテルテは2016年の大統領選で当初は泡沫候補扱いでありながら『違法薬物関与者を一掃する』を公約に当選した人物だが、その一掃が『関与者の殺害』であり、就任後の2016年7月から2020年1月までに取り締まり当局の発表で公式5600人余となっている。
しかし、この数字は警察や軍の影響下にある集団による殺害は含まれていなくて、実際は1万人以上が殺害され、しかも事実無根の冤罪や巻き添えになって殺害された者も多数あり、国内外からドゥテルテ政権の強硬な姿勢は批判を浴びている。
この様な批判に関してドゥテルテは全く意に介さず、むしろ独裁政権のマルコスの手法を真似て、政権批判の強いマスコミに対して締め付けを強めていて、フィリピン最大の民間テレビ会社である『ABS-CBN』の免許更新を拒否し、これにはドゥテルテ100%万歳の与党も賛成している。
また、ドゥテルテ批判の強かった独立系オンライン・ニュース社の『ラップラー』の責任者を難癖の様な容疑で逮捕、訴追が執拗に繰り返されていて、政権批判側の消耗を狙っている。
新聞社にも圧力がかかっていて、フィリピンでも最大規模の英字紙である『インクアイラー』社が持つ国から借りた土地を巡って不備を摘発され、同社はその負い目からドゥテルテ批判の色合いは弱くなった。
フィリピンではマルコス独裁政権が終焉した1986年から、これまでにジャーナリストは190人が殺害されていて、内戦や戦争地域を除いて最もジャーナリストが殺される国との指摘がある。
なお、国際的なNGOの『国境なき記者団』によると、2019年に殺害されたジャーナリストは49人と見ていて、この数字は年平均80人から見るとかなり少なく、その理由として紛争地域で死亡するジャーナリストが減ったためとしている。
なお、殺害ではなく長期間拘束して実質的に活動への死の宣告に近いジャーナリストは2019年では390人と見られ、これは前年より12%増加、特に中国は3分の1の数を占め、同国が批判を一切嫌う独裁政権であることが分かり、この数字は中国政府による香港への相次ぐ弾圧によって更に増加している。
ドゥテルテ政権下で殺害されるのはジャーナリストだけではなく、人権活動家、農民運動指導者、少数民族指導者など、政権の施策に異を唱える人々への殺害も多数に上っている。
ドゥテルテというのはフィリピンを支配する層の頂点だが、その下には地方地方に名家意識を持つ一族が地元の政治経済を握っていて、外国人の小生でも名前を聞いたら何々地方を牛耳る一族と分かり、民主的といわれるフィリピンも中世同様の領主が厳に存在している。
一説には昔からフィリピンの政治経済を握る一族は80~100家といわれていて、昔からの名家でないと食い込みの難しい政治分野を除く経済分野では、中国系の新興の富豪一族は増えているが、伝統的な名家の範疇には入らない様だ。
この選民意識の強い連中に盾を付けば簡単に消されてしまうのがフィリピンの現実で、その手先となっているのが『私兵』と呼ばれる一団で、それと密接な関係で繋がっているのが軍と警察で、人権活動家が殺害されても全く捜査、解明が進まないのもこの構図からだと指摘されている。
日本でも警察は『皇室』絶対組織と知られるが、特に公安警察は別格で、一口に警察といっても日本は公安、刑事、交通が別々の意志と組織で動いているといわれ、フィリピンも似たような状況がある。
話は逸れるが、日本学術会議を巡る任命拒否問題は、公安警察出身の副官房長官が公安を使って調べた結果との指摘があって、この人物は高級官僚の人事を一手に握る内閣人事局長も兼ねていて、戦前の『特高警察』を連想させる時代にいつの間にか入っていた証左になる。
首相になって菅にしても、そういった警察や官僚の組織を上手に使って裏からのし上がった様な感じがして、旧ソ連の公安スパイ組織KGB出身のプーチンと似た雰囲気を感じ取ったのは大勢いたのではないか。
さて、人権などどうでもいいドゥテルテだが、2022年には大統領職の6年任期が終わり、フィリピンの現憲法では大統領職を続けて2期出来なくて、これは20年近く続いたマルコス独裁政権から学んだものである。
そのため、マルコスを倒して大統領になったアキノ(母)以降、当たり前ながら1期6年で大統領職を退いているが、大統領を辞めて1回空ければ連続にはならないという理屈で立候補した元大統領があった。
汚職で任期途中に追放された1998年当選のエストラダで、裁判で有罪になり恩赦を受けて復活し、2010年大統領選に出て1520万票余で当選したアキノ(子)に次ぐ948万票余を得て、前任のアロヨ後継者など蹴散らかす結果となった。
憲法に書いていないからの理屈でエストラダは立候補出来たのだが、その前例をドゥテルテは2022年大統領選に使うのではないかとフィリピンでは囁かれている。
これは大統領を退任後に自分は副大統領選に出て、大統領選にはダヴァオ市長の娘を立ててペアで戦う考えで、元大統領が副大統領選に立候補は出来ないなど憲法には書いていないから可能となっている。
ドゥテルテはこの手を地元のダヴァオ市長の時使っていて、自治体の首長や議員は連続3期以上出来ない規定があって、ドゥテルテは3連続市長を務めては国会議員1期をやってまた市長になる手を繰り返して延々と20年以上ダヴァオ市の市長職を牛耳っていたが、これはどこの地方の政治屋一族が使う手でフィリピンでは当たり前である。
娘を市長、自分は市長から副市長に出た年があって、勿論難なく当選だが、この手を2022年大統領選に使うのではないかと見られ、娘は否定はしているが自身が大統領選に出るように着々と準備をしている。
こういうことが出来るのもドゥテルテの支持率がかなりの高率で維持されていて、先日の世論調査などでは90%以上の支持するが出て、中国や北朝鮮に様な独裁国家でしか出ないような数字となった。
そういう高支持率を背景にドゥテルテは怖いものなしで突き進んでいる訳だが、既に年齢が75歳で、平均寿命の短いフィリピンではかなりの高齢者になり、果たして2022年は描いた図の様に行くかどうか面白い所である。
こう見ると、アメリカの狂気の大統領選の負け犬トランプとドゥテルテは似たような雰囲気を感じさせるが、さすがにそこはドゥテルテもあんな馬鹿で卑怯丸出しのトランプと俺を比較しないでくれというのではないか。

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