2016年に大統領に当選したドゥテルテの任期も最後の年となり、この7月26日(月曜日)に5度目の施政方針演説を行った。この演説は議員やその妻などが着飾って議場で拝聴することでも有名で、演説内容よりもそのファッション性の方が常に話題になるお祭り騒ぎになっている。

【写真は国及びダヴァオ市を牛耳る政治王朝のドゥテルテ一族】
さすがに昨年の演説時には、新型コロナ感染爆発のためにわずか50人の聴衆を前に演説をするしかなかったが、今年は1日当たり6000人前後の新規コロナ感染者を出しながら、大統領最後の花道作りと来年には下院議員の改選があるために下院議員を中心に350人以上が蝟集し、演説に聞き入った。
その内容は過去5年間の自画自賛ばかり、特に国際的にも批判されている『違法薬物容疑者抹殺』については、1万人以上が殺害されているにも拘らず強気の姿勢を崩していず、最後の一年とあって地元ダヴァオのプロジェクトを最優先にするといい放つ傍若無人ぶりは相変わらずであった。
この施政演説の様子を写真で見ると、写真写りを気にするためマスクをする参列者は少なく、また議場にアクリル板で遮蔽するなど全く対策が成されていなくて、新型コロナに対する基本的なものが欠けているのがありありで、これではフィリピンはコロナを終息出来ないと宣言しているように等しい。
そ得意満面で自慢話に等しい演説を長々とぶったドゥテルテ政権の特徴は批判を許さないことで、中でも人権派団体や批判をする報道機関に対する攻撃は顕著で、独裁者マルコス以来の政権だとの批判が強い。
例えば大手英字紙の持つビルが契約の不備から没収されたり、フィリピンの2大テレビ・ネットワークの1つがやはり運営の不備を理由に昨年から免許停止、今も放送再開の目途は立っていず、日本で全国ネットの民放局が政府によって電波停止措置を受けるなどさすがの自民党でも出来ないことを平気でやるから恐ろしい。
このように影響力のあるとされる大手メディアでも政権に従わないと報復されるが、中小のメディアに対してはもっと露骨で、ドゥテルテの超法規殺人に対して手厳しい批判を続けていたネット・ニュース配信会社に対しては経営者を逮捕、起訴、会社に対する税務調査など嫌がらせを続けている。
また、報道に関わる者に対する殺害行為もドゥテルテ政権になって頻繁に起きており、これまでに21人が何者かによって殺害、220人以上が暴力行為を受けていて、こういった事態に対してドゥテルテ自身は『ジャーナリストが殺されるのは理由がある』と公言して殺害行為を助長している始末。
このようなフィリピンの状況に対して、国際的なジャーナリスト団体である『国境なき記者団』は毎年報道自由度ランキングを発表しているが、2021年の対象国180ヶ国中フィリピンには138位の評価を下し、特に『ジャーナリストに対する暴力行為』は問題であると断じている。
この報道の自由度に関して、アセアン加盟国は押しなべて順位は低く、フィリピンより上位はインドネシアの113位、マレイシア119位、軍事政権のタイがフィリピンより1つ上の137位となっていて、何れも開発独裁国であることに共通している。
同じく軍事政権がクーデターで民主政権を圧殺したミャンマーが140位、中国の傀儡国といわれるカンボジア144位、中でも富裕国のシンガポールが160位と下から数えた方が早いのは特筆されるが、シンガポールは中国以上の監視国家であるからそういう評価は順当ともいえる。
この他経済成長に湧くヴェトナムが175位、大国を声高々に誇示する中国177位、北朝鮮179位と報道の自由など100%ない一党独裁国家が最下位グループに名を連ねているが、といって報道の自由が高いといわれているアメリカは44位、その盟友を自認する日本は67位と国民が思っているほど自由度は高くない。
日本の場合、前の安倍長期政権によって順位は落ちる一方で、これは日本のマスコミが政権に取り込まれてジャーナリスト本来の役割を放棄していることへの批判であり、特に日本特有の『記者クラブ』制は権力との癒着、忖度を生んでいると疑問が投げかけられている。
フィリピンに戻るが、7月20日(火曜日)午前9時頃、セブ市の中心に近い路上でラジオ・コメンテーターが勤務先のラジオ局から出た直後に、2人組の乗ったオートバイが近づいてコメンテーターに発砲し、同人は胸や腕に銃弾を受け病院へ搬送されたが到着時に死亡し2人組は逃走する事件が発生した。
同コメンテーターは時事問題をラジオで積極的に取り上げるセブでは知られた人物で、その発言が地元有力者や政治屋、ギャング団などの非合法組織にとって『気に入らない』ため消されたのではと見られている。
同人の殺害は1986年にマルコス独裁政権が崩壊して以来、ジャーナリストとしては193人目となり、現政権に限らず歴代政権下で暗殺が続いていたことを示し、ドゥテルテ政権が平気で容疑者を殺害しているように、暗殺がスペイン植民地時代からの文化になっているとの指摘もある。
狙われるのはジャーナリストばかりではなく、弁護士や検事、判事といった法曹関係者の暗殺も頻繁で、これは裁判や調停で納得がいかない、或いは逆恨みによる犯行によるとされているが、ここにもフィリピン人の『気に入らない』者は消せは共通していて、この場合も実行犯は依頼された殺し屋なので頼んだ方の摘発は稀である。
上述のような社会的地位の高い人を狙う暗殺以外にも、地方では農民運動指導者や少数民族の活動家を狙った暗殺も頻繁で、これはドゥテルテ政権の左派勢力撲滅思考と一致していて、その意を汲んだ地元警察や軍、民兵による犯行によると指摘されているが、身内が身内を捜査するためにほとんどの事件は迷宮入りしている。
暗殺を請け負う『殺し屋』は少しの金で雇えるのも事実で、数年前にセブで雑貨輸出会社を経営する日本人女性が車を運転中にオートバイに乗った2人組に発砲され、死亡した事件も殺し屋による犯行で、この事件は別の事件で捕まった容疑者から殺し屋が割り出され逮捕された。
殺害を指示したのは死亡した経営者の日本人夫で、この夫は日本で逮捕され裁判でも長期刑が確定し、高齢のために死ぬまで刑務所暮らしとなり、事件は解決されたが、こういった殺し屋による殺害事件のほとんどは犯人逮捕に至っていない。
これは警察の捜査能力不足にもよるが、逮捕したら現職警官、或いは元警官、元兵士といった銃器を使い慣れている連中が殺し屋になっている例も多く、警察組織が裏で噛んでいるのではという指摘もある。
フィリピンの暗殺方法で知られているのは今回の事件と同じようにオートバイに乗った2人組で実行されるものが多く、車を運転中に左側にヘルメットを被った2人組が近寄って来たら要注意しろといわれている。
これはオートバイの後部に座った者が殺し屋で、車の窓越しに発砲しそのままオートバイの機動性によって逃げ切る例が多く、一瞬の犯行のために防ぎ切れなくヘルメットを被っているために目撃情報も得られなく成功率は高く、このため一時期、自治体では2人でオートバイに乗る時、顔を全面的に蓋うヘルメットを禁止するという命令が出たくらいであった。
今回のセブのコメンター殺害について地元警察署は『犯行の動機は分かっていない』とし、同人の今までのラジオでの発言や活動を調査すると発表しているが、地元では始めから捜査する気がないことを表明していると、警察の対応を冷ややかに見ている。

|