ミンダナオ島に敷く、敷くといわれていた鉄道路線建設がようやく動き出した。この鉄道はミンダナオ島を地盤とする現大統領のドゥテルテが、『我田引水』ならぬ『我田引鉄』で露骨にプロジェクトを進めているもので、第一期区間はドゥテルテ退任の2022年までに完成させ本人は有終の美を飾る考えであったが遅れに遅れて、ドゥテルテは怒り心頭であろう。

【壮大といえば壮大だが誇大といえば誇大な計画】
フィリピンの鉄道は『Philippine National Railways(PNR)』とマニラ首都圏内を走る軽量鉄道会社の二つがあって、PNRは100%国営、軽量鉄道は2社あって民間の資本は入っているがどちらもフィリピン運輸省(DOTC)が運営している。
自動車が増え過ぎてフィリピンの都市部の渋滞は酷く、かつてアジア一の渋滞都市はバンコクであったが、バンコクは軽量鉄道と地下鉄建設が進み渋滞状況は良くなり、その代わりマニラ首都圏がアジア一の渋滞都市となってしまった。
そのため、大量輸送の出来る鉄道が見直され、マニラ首都圏には1984年に最初の軽量鉄道が敷かれたのを皮切りに、日本のODA借款で造った路線など現在3路線が運行中であり、更なる路線の新設、延伸事業は進行中だが、膨張する首都圏の人口に追い付かないのが実情である。
また、フィリピン初の首都圏を縦貫する地下鉄建設も2018年から始まっていて、全長31.4キロ、15駅を造るのに第一期が1045億円、第二期が2533億円、計3578億円の巨費が注ぎ込まれるが全額日本のODA借款である。
日本は国内の新規鉄道建設事業が見込めないため鉄道関連企業は海外に活路を求めているが、この分野では中国と競合する形になって特に新幹線事業などではインドネシアで負けた様に形勢は不利だが、フィリピンは日本政府のODA戦略と巧妙に結びついて日本企業側が強く次々とプロジェクトを進めている。
また、既存路線を利用してマニラのトゥトバンを中心に南北に路線を伸ばす『通勤線』プロジェクトも2015年から始まっていて、この路線は最終的には北はパンパンガ州のクラーク国際空港、南はラグナ州カランバまで全長112キロに及び、こちらも日本のODA借款になる。
この通勤線プロジェクトの借款額は、日本の影響下にあるアジア開発銀行の借款および日本政府の円借款において史上最大規模、4000億円を超えているが、延伸事業はまだ一期といっているように4000億円では終わらず更なる借款が必要で全線完成は2028年となっている。
このようにフィリピンの鉄道事業には日本のODA予算が湯水のように注ぎ込まれていて、何れもフィリピン政府の借金事業になるが、利子は極低利の0.1%、10年据え置きの40年払いという条件だからフィリピンとしては金を借りた方が得と進め、支払いは先の政権がやればいいと軽く見ている。
当然、この日本のODA案件は『タイド』といって契約条件に日本の企業と日本の機材、資材を使うように規定されているから、日本のゼネコンが受注し現地企業を下請けにして進めているが、援助という大義名分で日本の税金がゼネコンの売り上げに流れ救済しているような仕組みに見える。
ところが、標題のミンダナオ鉄道だが、2017年からこのプロジェクトは具体的になり、ドゥテルテが大統領に当選したのは2016年だから明らかに中国系財界人をスポンサーに持つドゥテルテ案件であることが分かり、その結び付きからこちらは日本の出る幕はない。
計画ではドゥテルテ一族が長年市長職を独占しているダヴァオ市を中心に南は‘ディゴス市、北はタグム市を繋ぐ全長102キロを第一期として2018年後半に着工し、予算は356億ペソ(約400億円)を見込んでいる。【写真-1の赤い点線の部分】
ところが2018年着工するなどまるで絵に描いた餅で、土地買収で不動産屋が暗躍しているなどの話は入って来るが具体的には工事は何も進まず、それでも関係する省庁はドゥテルテから発破をかけられたのか実質止まっていたプロジェクトを2021年6月に再開すると発表。
しかもほとんど手は付けられていないのに2022年6月までに完了させると発表するが、再開からたった1年で全区間を工事を終わらせるのは誰が考えても無理で、それは分かっているのか2022年3月までに路線の一部を完成させて運用すると後退。
2022年に拘るのはドゥテルテが大統領を退任するのが2022年6月なので、せめて形ばかりでも列車を運行させて、冒頭に書いたように有終の美を飾らせようとういう事業者側の忖度なのかドゥテルテの命令なのか両方であろう。
そうして計画から4年遅れて、この2021年10月になってディゴス-ダヴァオ-タグム間の建設を担う中国のコンサルティング会社と契約し工事が始まるということになるが、全額中国のODA借款で820億ペソ(約900億円)となっている。
コンサルティング契約がようやく成立したのに2022年3月部分開通、2022年6月に全面開通という姿勢は崩していなく、契約発表がされてから8ヶ月で100キロを超す路線が開通出来るというのはいくら中国得意の人海戦術を持っても難しく、こういう小学生でも分かる嘘を平気で言うのもフィリピンの役人の特徴である。
この路線を皮切りにミンダナオ島内に全長1550キロの鉄道網を敷く考えだが、実現したとしても何十年も先の話になるだろうし、鉄道事業がモータリゼーションの進んだフィリピンの人々の役に本当に立つのかという議論も根強い。
ダヴァオに敷かれる路線は現在車移動で3時間50分かかっている所を1時間半に短縮、利用者も初年度は1日当たり13万人台から始まり、10年先の2032年は23万人台、そのまた10年先の2042年は37万人台が利用すると見込んでいるが、同地方の人口から考えても願望だけ、都合の良い数字を並べただけの予測で慢性的赤字は必至。
ましてやミンダナオ島全体に鉄道網を敷設するなど荒唐無稽で、小生はミンダナオ島内の拠点となる大きな都市には全て足を運んでいるし、その途中の様子なども分かる方だが、ミンダナオ島は都市部を除いて土地は広く、既存の道路の造り方など実際に走って驚いたが他の地域よりもゆったり、高速道路並みに真っ直ぐな道が多い。
さて、フィリピンには先述したトゥトバン駅からルソン島の南端近くへ行く長距離の国鉄路線があって、この路線については1980年代に乗車した経験があり、本HPでも乗車体験記を書いているが、今でも細々と運行している。
この列車に乗って驚いたのはフィリピン人は常日頃のメインテナンスをするのは弱い性格から線路保守の悪さで、これには金がないという原因もあるがともかく最初は寝台車で横になったが、縦横の揺れが酷くて寝ていられなくて座席に移ったくらいである。
マニラの軽量鉄道も日頃の保守の悪さから故障続きで、とうとう日本のODAで整備、保守をやり直すという路線も出て、日本側企業はビジネス・チャンスを得たが、ミンダナオ鉄道の最初の路線も多分整備、保守が行き届かなく開通してもかなり問題が続出するのではと思っている。
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