2月8日(火曜日)、正副大統領、上院議員、下院政党別立候補者の公式選挙運動が解禁され、5月7日まで3ヶ月間という長い期間選挙運動を繰り広げることになる。

【写真-1 大統領選有力立候補者 左からマルコス、モレノ、パッキャオ、ロブレド】
同グループとは別に下院の地方区、州、市、町の自治体正副首長、各種自治体議員の候補者グループは3月25日から選挙運動が解禁され、3年に1度ある全国選挙の年はGDPを押し上げる効果が顕著で、フィリピンはコロナ禍にも関わらず解禁されたことによって一気に選挙色に染まった。
今回の選挙は6年に1度ある正副大統領選も行われるために、既に解禁以前から過熱気味で、候補者と支持者はおそろいのTシャツを着て、2月8日に出身地や選挙地盤を中心に支持者を集めて出陣集会を開いた。
フィリピンの選挙は立候補を届けた段階から選挙管理委員会が候補者資格を選り分ける作業があって、その結果毎回数十人の候補者が届ける大統領選には10人の候補者、副大統領選には9人の候補者が認められた。
今回の大統領選は前回2016年副大統領選で勝利したロブレド現副大統領と、同選挙で落選したマルコス元上院議員の因縁の争いで、世論調査ではマルコス有利と出ているが、マルコス陣営は豊富な資金力を使って、デマ情報を流し世論調査を誘導しているとの疑惑も出ている。
ロブレドは唯一の女性候補として人気は高いが、選挙運動を進めるアキノ前大統領を生んだ自由党の党勢がドゥテルテ政権下で地盤沈下し、そのためにロブレドは党首を務める自由党を離れて無所属になり、野党系が結集した全国区の運動体から推薦を受けて立候補した。
しかし、ここに来て、ラモス政権やアキノ政権時の元閣僚や元政府高官や左派系の政治団体などが次々とロブレドを支持する表明が出て、副大統領候補としてペアを組んでいる自由党のパギリナン上院議員支持層も取り込んで運動に勢いが出て来た。
ロブレドが2016年副大統領選に立候補した時、当初は無名で泡沫候補扱いであったが、選挙運動が始まってから急激に支持を伸ばして当選し、同じく現大統領のドゥテルテも立候補当時はやはり泡沫候補扱いであったが、一気に人気が沸騰し当選に至ったようにフィリピンの選挙は事前の世論調査の数字では計れない魔物が潜んでいる。
実際、2004年大統領選では現職アロヨに挑んだ一番人気であった著名な俳優のポー、2010年には与党から出て絶対当選と見られていたヴィラール上院議員が、アキノが出たことによって失速し3位で落選し、2016年のダヴァオ市長のドゥテルテが当選した時も事前の世論調査と違う結果になっている。
このため金を出して世論調査会社を動かしていると噂されているマルコスは優位に立っていても安心出来ず、選挙運動に力を入れる必要はあるが、選挙戦に入る前に各有力候補者が出た討論会やテレビのインタビュー番組などで出演を拒否し、そういった態度からボロが出るのを戦術的に避けているとの批判も出ている。
さして能力のないマルコスが有利な位置に付いているのは、マルコスに対抗する候補側の乱立で、ロブレド副大統領、マニラ市長のモレノ、ボクシング王者で上院議員のパッキャオと支持層が重なり票が割れてしまい、このままで行くとマルコスが当選する可能性はある。
前回2016年大統領選では4266万票が投じられ、当選したドゥテルテは1660万票余、得票率39%余、次点となったロハス元上院議員に663万票の大差をつける結果となったが、この時も有力候補が乱立し、ドゥテルテは漁夫の利を得た。
最近、マルコス陣営と目される調査会社がマルコスはロブレドに2700万票の大差をつけて当選するというニュースを流したが、次回大統領選には4500万票前後が投じられると予測されていて、前回の副大統領選でロブレドの得票数は1441万票余であり、目減りを考えても今回大統領選には1000万票近い得票が見込まれている。
そうなると2700万票差ではマルコス3700万票、両者合わせて4700万票となり総投票数を超えてしまい、マイナスとなった票をモレノ、パッキャオ、ラクソン上院議員の有力候補者が取り合うことになる。
当選は難しいもののどの候補者もそれなりに固い支持層を持って立候補しているために数字的にはあり得ない話で、こういったデマ・ニュースを流して陣営に引き込もうというのがマルコスの選挙方法となっている。
これをそのまま鵜呑みにすると、マルコスの得票率は82%を超し、過去の大統領選で60%を超えて当選したのは戦後では、独裁政治を続けたマルコス(今回立候補しているのはその長男)を除いて1953年当選のマグサイサイが得た68.9%のみで、1992年のラモスのように23%で史上最低の得票率で当選という例もあり、多くは30%台~40%台の得票率で当選している。
自らが発布した戒厳令下で行われた1973年の大統領選では独裁者マルコスは90%以上の得票率を得て、その後の大統領選でも90%近い得票率を得るインチキ選挙を行い独裁体制を維持したが、その息子のマルコスは父親を見倣っているとの批判も強い。
このため、具体的な根拠の薄い票差まで挙げてブッチギリの勝利を発表しているのは、有権者と地方の有力者連中の勝ち馬に乗りたがるフィリピンの政治風土を巧妙に利用したフェイク紛いのプロパガンダではないかとの批判も出ている。

【写真-2 副大統領有力候補 左からアティエンサ、ドゥテルテ、ソト、パギリナン】
正副大統領選はペアを組んで選挙運動をするが、マルコスと組んでいるのが現大統領ドゥテルテの長女のサラで、選挙前から支持率では常に上位に付けていて父親の知名度を生かして有利な戦いを進めている。
当初サラは大統領選に出馬すると目され当選も固いとされていたがマルコスが出馬するために、今回は副大統領選に出て次回の2028年大統領選に出馬するという密約がドゥテルテ家とマルコス家の間にあると巷間に流れている。
ドゥテルテ本人は副大統領選に出ると一時は騒いだが、娘が副大統領選に回ったために渋々政界から引退する羽目になったが、ドゥテルテは違法薬物殺害政策による人権侵害で国際司法裁判所から捜査を受けている身で、マルコスが当選すればその追及をかわせると見ている。
副大統領選ではマルコスと組んだサラが有利と見られていたが、特に首都圏とルソン島では支持が伸びず、上院議長でもあるソトが一時は支持率でトップに立ったこともあり安閑と出来なくなった。
ロブレドと組んだパギリナン上院議員は2期12年務めた上院職を規定によって今回は立候補出来ないために、お試しで副大統領選に出たといわれるが、その気楽な立場が選挙戦では有利に働き、妻がフィリピンで有名な女優ということもあって知名度は高く、ダークホース的存在となっている。
パッキャオと組んだアティエンサはマニラ市長などを務めた旧い政治屋で、パッキャオと組んだこと自体不思議がられているが、首都圏ではかなり票を集めそうだが当選には覚束ない立ち位置である。
こうして選挙運動は解禁されたが、有力候補のマルコスが1995年に脱税の有罪判決を受けたことを理由に候補者資格取り消しの申し立てが出ていて、中央選挙管理員会は審査中で結論はまだ出ていない。
投票日までにこの問題が解決されないと、公正であるはずの選挙に疑義が生じ、仮にマルコスが当選しても無効を巡って訴訟が起こされることは確実で、そうなると政治の空白を招く事態になり、一説にはマルコスは退いてサラを大統領に昇格させる計画が進行中といわれている。
何でもありのフィリピンだからこういったスゴ技が出て来ても不思議ではなく、選挙民も候補者はいくら金や物をばら撒いてくれるかと楽しみにしていて、3年に一度の選挙もフェイスタ(お祭り)と変わらない。

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