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セブの涼しさと日本の猛暑 - フィリピンニュース, 現地生活 最新情報発信
   
  セブの涼しさと日本の猛暑
   

 西日本が豪雨に見舞われていた時期、セブも台風の影響で曇天気味、時々雨も降った。当然、気温は低くなりTシャツ一枚だけでは少し寒いなと感じた。


 

その西日本豪雨の後の日本は猛暑に見舞われ、気温が35度以上という地域が続出し、中には40度を超えた地域もあったから日本は尋常ではない。


この温度の公式発表も、計測法が百葉箱内の温度であって、直射日光の当る地点で計ったら数度どころか、10度くらいは温度が上昇するから公式発表の数字で安心してはいけない。

 

気候異変というのは長い地球の歴史を見れば、珍しくないことだが、近年の異変は人為的な要素が強いといわれている。その証拠に産業革命がイギリスから始まったこの200年弱の間に、地球の気温は数度上がっている。

 

地球の気温は数千年とか万年の単位で気温が少し上がったり下がったりするというから、近年の気温が急上昇した原因はどう見ても異常なのに、アメリカのトランプのように地球の温暖化を信じない連中も多い。

 子どもの頃の東京も夏になると暑いと思ったが、当時は30度を超せば大ニュースで、今のように40度近い気温が普通に出されてしまうのは、日本人が鈍感になっているためと思われる。

 その子どもの頃の暑さの凌ぎ方は、団扇や扇風機で風を送るのが普通で、あるいは庭にホースで水を撒いて涼を得ることが多く、そういう原始的なやり方でも効果があった。

 その時代と今の時代との違いを比べてみると、都内でも道路はまだ舗装されていない所が多く、この未舗装の道路の存在やそれほど遠くない郊外の周りにある畑がかなり温度上昇を防いでいた。

 このことは先年ラオス・ヴィエンチャンに住んだ時に、ヴィエンチャンでは庭を全面コンクリートで固めている家が多く、一番暑くなる4月頃の暑さには顎を出した。

 それが、コンクリートで固められていない所に来ると、地面そのものがヒンヤリし温度が下がっているのが分かった。コンクリートで固めてしまうのは雨季になるとぬかるんで歩けなくなる対策もあるが、クーラーを運転させるよりは良い。

 

また、2013年に東北の津波被災者支援のために8月半ばにセブから東京へ行って、しばらく情報収集するために都内を回ったが、その時の東京の暑さには道路からの照り返しを含めて耐えがたく、セブから行ったフィリピン人も東京の暑さには驚いていた。

 東京が暑くなったのは大気の流れの変化も大きく、子どもの頃の東京は高い建物がなく、風の循環で温度上昇が抑えられていたが、高層化が進んでこの循環が壊れて温度上昇に繋がっている。

 また、暑いからかつて『三種の神器』といわれたエアコンも設置は当たり前になって、そのエアコンが吹き出すエアコンの熱が気温上昇を助長しているのも確かで、実際、家庭用エアコンの前を通ると、その吹き出す熱風には文句を言いたいところだが、どこの家庭も自己防衛だけしか考えていないからどうにもならない。

 ところでセブだが、日本から来た観光客があまりの涼しさに驚いていると聞く。セブは海を前に後ろに山を抱える地形のために、教科書で習ったような海風、陸風が交互に吹くので気温は常時30度を超す環境ながら、涼しい。

 ただし、これも、やはりセブの都市化が進むに連れてそういった循環も崩れ、また所得水準が上がった層はエアコンを入れることが多くなり、また、地獄的な渋滞を引き起こしている車の排気ガスも増えて、暑くなっているのは間違いない。

 セブの一番暑い時期は4月から始まるが、今年は例年になく暑く、どうなっているのだと思っていたが、これも学校が始まった6月から7月にかけて暑さは例年並みに落ち着いた。

 団扇と打ち水で涼を得ていた時代に戻れとはいわないが、そういった時代を知らない世代が多数を占めるようになって、この先どうなるのだろうと思うものの、もしかすると暑い暑いといいながら、日本人は進化を遂げて暑さに耐えるような身体になるのかも知れない。

 


  Homepage: http://cebushima-blg.jugem.jp/
Updated: 2018/08/02 (木)

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