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フィリピンの暑さと他の国では - フィリピンニュース, 現地生活 最新情報発信
   
  フィリピンの暑さと他の国では
   

 『暑いと言うから暑くなる』と、『暑い時には暑いと言わない』などと暑さも気の持ちようで何とかなると言われ、それもそうかなと思いながらも、さすがに日本で観測史上最高の41.1度を記録したと聞くと、そんな精神論など何にもならない。


 41.1度を記録したのは埼玉の熊谷で、同地は暑さ日本一を売り物にするくらいだから驚かないが、東京の青梅で東京では史上初めて40度を超えた40.8度を記録したから尋常ではない。

 青梅は山間に開けた町で多摩川の渓谷の涼を求め何度もハイキングで訪れたこともあり、どう見ても暑くなりそうな土地と思えないし、実際、例年の平均最高気温では8月に30度を少々超えるだけで、あとの月の気温の動きは都内と変わらない。

 かつての日本は30度を超えたらニュースになり、『熱帯夜』の注意が流れたが、今は40度近くが当たり前になって熱帯夜など話題にもならないし、子どもの頃は『日射病』に注意と教えられたが、今は『熱中症』云々となった。

 写真はフィリピン最北の島々のある『バタネス』へ行った時、中心地のバスコにある気象観測所を訪ね、その構内で見た『百葉箱』で、小学生の頃校庭にあった百葉箱で温度と湿度を計っていたのを想い出し懐かった。

 コンピューター時代でも気温と湿度は百葉箱が基準になっていて、ここで計る気温は実際の街中の気温より510度は違い、ニュースで発表される気温にかなり下駄を履かせないと実感気温にならない。

 今年のこの異常な気温が今年に限ってなのか、このまま日本の夏は40度前後になるのか分からないが、どう見ても過ごし易い気温に落ち着くとは思えないし、確実に地球温暖化の波は進んでいる。

 フィリピンの場合は年中30度台前半だから、あまり暑いの寒いのという話題はなく、それでも年間を通すと4月は一番暑くなる時期で、この時期は暑さに慣れているフィリピン人でもさすがに暑いとボヤいている。しかし、陽が落ちれば昼間の暑さを忘れる気温になり、セブのように海辺の街はかなり涼しくなる。

 実際、拙宅では昼間はドアや窓は全開だが、就寝時には窓をかなり閉める。この気候から、夏休みに酷暑の日本を逃れてセブのリゾートへ遊びに来た観光客はあまりのセブの涼しさにビックリしているのではないか。

 アフリカには3年住んだが、住んだ国は内陸国の『ザンビア』で標高が1200メートル以上の高地にあるため、暑いアフリカの印象から外れるものの、年間を通じての寒暖差は大きい。

 この国は乾季と雨季が1年間をはっきり二分し、暑い時期は40度近くに気温は上昇するが、湿度が低いために日向に出る以外は気にならないし、寒い時期は炭で暖を取る必要があるくらい寒くなる。

 住んだ最初の年はあまりの冷え込みに日本から電気炬燵を送ってもらおうと本気に考えたが、アフリカで電気炬燵が必要など日本では誰も信じないだろうと思って止め、机の周りに毛布を張ってその中に炭火の入った缶を置いて炬燵の替わりにした。

 アフリカで体験した暑さの記憶では、ザンビア南部から西部に抜ける旅行をした時に、独立前のナミビアの国境近くでヒッチハイクをしたが、その辺りは疎らに低い木が生えているだけで木陰は全くなかった。

 その場所は国境の要路に当たり、やはりヒッチハイクをする現地の人は多く、朝早くから混じって車が来るのを待ったが、太陽が昇るとナミビアの方から熱風が吹き出してくる。

 これは砂漠を超えてくる風なのでその暑さはドライヤーの熱い風と同じで、背負っていたザックを地面に降ろしてそれを盾にして寝転がってただひたすら耐えた。

 半日以上待ってようやくトラックの荷台に乗れて旅を続けられたが、あのヒリヒリと肌を刺激するナミビア砂漠の熱風は今だ忘れられない。

 暑さといえば都度書いているが、ラオス・ヴィエンチャンに住んだ時に、タイ、ラオスのあの辺りの4月は相当暑いと知っていて、そのために『水かけ祭り』がこの時期にあると理解していたが、フィリピンの一番暑い時期の4月の比ではない暑さであった。

 このため、あまりクーラーの好きではない小生でも、朝からクーラーを回す事態になったが、こんなことは今までで初めてのことで、だいたいセブの拙宅ではクーラーなしで過ごせている。

 このように暑さでたまらないヴィエンチャンであったが、内陸部にあるため暮れ正月の前後はかなり寒くなり、厚手のジャンパーにマフラー姿の人も見かける。

 猛暑、暖冬と地球の気候サイクルが狂っているのではないかと指摘されているが、小生自身、年齢的にも暑さと寒さに適応して来なくなったのもあってか、年々辛くなっているのも事実である。

 それにしても夏は暑く、冬は寒く過ごす日本の気候はそれなりにメリハリがあって良いと思うが、そのメリハリも零度以下から40度を行き来するようになると振れが大き過ぎて住み良い国とはならなくなる。

 


  Homepage: http://cebushima-blg.jugem.jp/
Updated: 2018/08/12 (日)

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