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国民的英雄
コラソン・アキノ 【就任期間:1986年−1992年】   出身:タルラック州

 第11代大統領。第3次共和国第7代大統領で初の女性大統領。 1933年1月25日タルラック州の大地主で有力政治家のファミリーに生まれる。1949ニューヨークのマウント・セント・ビンセント大学文学部入学、フランス語専攻。 1955年、将来有望とされた若手政治家ベニグノ・アキノと結婚。以来夫の政治活動を支える。1978年の暫定国民議会選挙では獄中から出馬した夫に代わって選挙を戦った。 独裁者マルコス大統領最大の政敵として知られるニノイは、全国的抗議運動を展開、死刑判決を受けるが心臓手術のため米国出国を許される。しかし、危険を覚悟で帰国した1983年8月21日にマニラ空港で暗殺された。これを機に反マルコス運動の象徴的存在とされるようになる。 1986年2月の繰り上げ大統領選で野党統一候補選びは混迷したがコラソン・アキノ大統領候補、サルバドール・ラウレル副大統領候補で最終的に合意。選挙結果をめぐる混乱の最中でわき起こったピープルパワー革命(エドサ革命、二月革命)に追いつめられたマルコスの米国亡命を経て大統領に就任した。 1986年3月、暫定憲法を布告、その後まもなく新憲法草案委員会を設置、1987年2月に新憲法が批准された。 ピープルパワーによる無血革命は世界にインパクトを与え、人々は大きな期待を寄せたが、反マルコス諸勢力との連立政権において政治的実績のないアキノが指導力を発揮することはできなかった。経済的に当初は国際機関の支援を得たもののマルコス忠誠派や国軍改革派による度重なるクーデター、共産勢力やイスラム勢力との和平交渉失敗、電力行政の失敗や自然災害などにより経済は停滞、他のASEAN諸国に大きく後れをとることとなる。

大統領の素顔
協力:フィリピン国立図書館、フィリピン スター紙
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